起業二年目

 2021年9月に起業し、2年目を過ごしています。1年目は思い通りにいかないことが多く、私自身の怪我や病気も重なって本当に大変でした。そんな中でも人と機会に恵まれ、ビジネスコンサルティングと社員研修のお仕事をいただくことができました。

 2年目に入ってから、1年目に支援したお客様から新規顧客を紹介されたり、今年度の再発注やさらに発展した内容の発注をいただいたりすることがでてきました。昨年の活動に大変満足していただいたようで、このような形で評価されたことは大変嬉しく思います。1年目は勢いやこれまでのお付き合いの中で営業することが多く、2年目からは営業力が試され苦労すると覚悟していましたが、またしても人と機会に恵まれた格好です。

 お仕事がいただけたことも嬉しいのですが、それ以上に嬉しいのは実績が積み上がっているという実感です。約30年前、社会人として歩み出した頃に得たような感覚です。ひとつずつ商品や仕事を覚えて目の前のことを必死に取り組んでいたら、少しずつ信頼され重要で大きな仕事を任されるようになりました。やりがいに溢れていた時期です。50歳を過ぎて始めたセカンドキャリアでも経験できたのは新鮮であり驚きでもあります。期待していただいてる方々を裏切らぬようしっかりと役割を果たしたいと思います。

 また2年目はもう1つの目標であるキャリアコンサルティングの活動を形作っていきたいと思っています。ビジネスコンサルティング、社員研修とあわせて事業の3本柱としています。シナジーを図ってより質の高い企業支援、対人支援を目指します。新しい出会いと繋がりにワクワクします。

『子ども』という役割

 先回『介護と仕事』というタイトルで投稿しました。これが呼び水となったのか父が倒れ、短期間ですが介抱することになりました。倒れた後すぐに駆け付けてくれた妹から様態と救急を要請する旨の連絡を受け、急いで自宅に戻り準備をして3時間ほどかかる実家に向かいました。長く患っている泌尿器系の不調が原因のようでした。私が着いた時には病院での処置を終え妹夫婦の介抱により帰宅していました。身体的なダメージもあることから今後についてケアマネージャーさんに支援いただきレスパイト入院の手配までされていました。

 入院までの数日間は介抱が必要でしたが、母は高齢で力も乏しく物忘れも進みつつあるので私が泊まり込んで対応することにしました。前年から会社勤めを辞め個人事業主となっていて仕事の融通が利かせられるのが幸いでした。しかし悪いことは重なるもので、ようやく入院の日を迎えたのですが入院のためのPCR検査で新型コロナウイルスの陽性反応が出てしまいました。療養期間中は入院することができず、さらに数日間の自宅待機が必要となりました。家族全員が相当落ち込みました。

 結果的に10日ほど両親と共に過ごすこととなりました。この間、両親は何度も感謝の言葉を口にしました。父は厳しく強い人でしたので力なく「悪いな・・」と言われると寂しさや切なさを感じました。母は私の妻にも電話していて感謝と共に「会社を辞める時、受け入れてくれて本当にありがとう」と何度も言ったそうです。もちろん親の介護のためにキャリアチェンジしたわけではありませんが、いつか人生を振り返った時に良かったと思う理由の一つになるかも知れません。

 18歳で家を出て以降これほど長い期間一緒に過ごしたことはありません。父の様態からすると自宅に戻ることはもうないかも知れません。そう思うと療養期間は神様が作ってくれた時間だったのかも知れません。キャリア研究の第一人者と言われるドナルド・E・スーパーは「キャリアは、人生のある年齢や場面のさまざまな役割の組み合わせである」と定義しました。この役割のひとつに『子ども』があります。50歳を過ぎ改めてその役割を実感することになりました。役割を果たせているかわかりませんが最後まで全うしたいと思います。

 最後に医師、看護師はじめ病院、保健所、地域包括支援センターの方々、ケアマネージャーさんに感謝を述べたいと思います。父のみならず家族にも寄り添っていただき、丁寧に懸命にご対応いただき誠にありがとうございました。

45歳定年制

 昨年9月にサントリーホールディングスの新浪剛史社長が提言した『45歳定年制』がメディアに取り上げられ、関心の高いワードしてSNSも湧かせました。私の周りでもいろんな意見が聞かれました。50歳を過ぎて初めての転職をし、後に起業して現在53歳の私がこのニュースを聞いた時「そんな制度があったらもっと悩まずにキャリアチェンジができたのにな」という感情がありました。もちろん会社や家庭の複雑な事情を全てないものとした場合です。また新卒から同じ会社で勤め上げてた場合です。

 私は製造業でエンジニアをしていましたが20年もやれば節目の様なものが見えてきます。よほどの精進をしていなければ第一線では使えなくなりますし、マネージメントらしきものが職務に加わってくると技術は衰えていくばかりでとても世界と戦うような鋭さが保てるとは思えませんでした。技術の成長は人の成長よりはるかに速いように感じていました。

 マネージメントも似たようなものでした。意識しないようにしていても成功体験が判断基準になりがちです。上司もそれを期待して役職に任命したり指示をするので必然です。つまりその瞬間だけに有効な人事にしてしまっていたように思います。また厄介なことに技術のケースと違って優劣がはっきりしません。システムや運営の仕方が遅れてたり育成の方向を間違えていてもすぐには気が付かないのではないでしょうか。ましてや挽回のアクションなど起こりようがありません。マネージャーはエンジニア以上に旬が短いように感じます。

 このように感じていた私は昨今の変革期にあたって少しでも若い世代に早くバトンを渡したいと思っていて自身のセカンドキャリアを考えるようになりました。しかしながら同じように考える人ばかりではなく理解すらされないことも多く次に進むのにたいへんなエネルギーを費やしました。「45歳定年制さえあれば・・・」です。

 しかし解決し難い問題が多いのも理解します。終身雇用を前提とした報酬のもらい方もそうですし、定年後の働き方についての理解や人材マーケットも未熟のように感じます。45歳以上に期待するものが何もないとは全く思っていません。衰える能力も多くありますが、複雑でめんどくさくて感情が入り乱れたりするような問題を理屈抜きに解いてしまう能力があったりします。上手な制度設計や動機付けで次世代がより明るくなるのではと期待しています。

働かないおじさん2

 先回辛いといったテーマですが最近「これか⁈」と思うことがあり早速『2』を投稿することになりました。

 先日ある対人支援のための資格試験の合格発表がありました。結果は学科〇、実技×でした。学科についてはマークシート方式で理論や関連する法律、制度、現状認識などが問われます。実技は論述と面接なのですがいずれもどのように人と接するかを試すものであり、そのためのスキルや心構えを評価されました。私にとって今年はキャリアチェンジのタイミングでもあったのですが、この不合格は事業に対しての資格取得の心理的ダメージよりも×を付けられることのダメージの方が大きく感じられました。

 50年を超える人生経験や30年の会社生活の中ではそれなりに対人能力は身に付いていると思っていました。良い結果をもたらしたこともあれば、悪い結果となりそこから学んだことも数多くあります。もちろん今回は資格に見合ったスキルや心構えが必要であり限られた時間の中でそれを発揮せねばなりません。準備不足であったことは明らかであり大いに反省せねばなりません。

 しかしながら大括りの対人能力というもので×を突きつけれれたことは、社会人としての欠陥を指摘され、大袈裟に言うとこれまでの人生を否定されたような感覚に陥りなかなかのショックでした。同時に「働かないおじさん」の背景にはこういう感覚があるのでは?とも思いました。新しい環境での適応力を測られた時にその基準や尺度が共有できておらず、自信があるものに×がついてしまって馬鹿らしくなったりヤル気を失ってしまう・・。

 もしそうだとすると今回の結果は今後の対人支援において貴重な経験となったのかも知れません。この思いを忘れずにもっと寄り添えられるようになれれば価値ある不合格です。資格取得に向けては改めてしっかり勉強と準備をし再チャレンジする予定です。これまでの経験を新しい要求に結び付けていければ最高です。「働かないおじさん」が「頼れるおじさん」になるヒントが見つかるかも知れないと期待しています。

ジョブ型雇用

 最近よく目にするワードです。業務内容を定義して雇用するスタイルで専門性を求められることが多いようです。ジョブ型雇用と対比して使われるのがメンバーシップ型雇用となります。私は典型的なメンバーシップ型雇用のもとで28年間の会社生活を過ごしてきました。そして昨年外資系企業にジョブ型雇用として転職しました。

 採用選考の過程において提示されるオファーレターには業務内容がしっかり書かれており、入社後も合意なしに変更されることは原則ありません。またオファーレターにある労働条件や処遇についても勝手に変更されることは原則ありません。良くも悪くも「やることやっていればお金がもらえる」わけです。

 欧州に本社を持つグローバルカンパニーであり、日本現地法人でありながらも日常的に海外数か国・国内数拠点と仕事をしているのでウェブミーティングをしても参加者の居場所はほとんど別々です。また社内はグローバルで統一されたシステム・規定で運営されているため、企業活動はまさに個々のジョブの集合体といったイメージになっています。

 とても合理的で会社も「やることさえやってくれればいい」と言っているように感じます。意欲的に働きたい人にもそうでない人にも納得感のある働き方のように感じます。日本ではこれまで馴染みがなかっただけで、コロナ禍もひとつのきっかけとなって今後加速して拡がっていくのではないかと思います。